2008年03月18日

古い車好きの戯言

興味深い記事があったのでご紹介

人はなぜ歳をとると古いクルマが好きになるのか
http://techon.nikkeibp.co.jp/article/TOPCOL/20080314/149011/?ST=AT
 私がまだ中学生だったころ、自宅の近所にクルマ好きのおじさんが住んでいました。その人をここではKさんと呼ぶことにしますが、Kさんは広い敷地の一軒家に住んでいて、相当に古い車庫付きの離れがあり、その車庫には、これまた古い大きな黒塗りのシトロエンが納められていました。

 離れの前には、これも(その当時でも)古い、でもシトロエンほどは古くないローバー(P6)が停まっていました。でも、Kさんは普段の足として、(相当な資産家であるにもかかわらず)FF化された最初のスバル・レックスに乗っていました。シトロエンやローバーが走る状態だったのかどうか、今となってはよく分かりません。

 その離れの中には、Car Graphicが創刊号から保管してあり、離れの中の部屋のほぼ壁一面を占領していました。Kさんと私はよくその部屋にこもって、クルマ談義に花を咲かせていました。親と子ほどに歳の離れた二人ですから、私がKさんのお話を拝聴していた、というほうが正しいでしょう。部屋にこもっているばかりでなく、Kさんが懇意にしている自動車修理工場に連れて行ってもらったり、今にして思えば、近所に住んでいるクルマ好きの少年、というだけの私に、どうしてあんなに親切にしてくれたのだろうと思います。

 私はKさんと会うのが好きでしたが、少々閉口するところもありました。それはKさんの話が、ともすればすぐ昔のクルマのほうへ流れていくからです。それは私の知らない時代の話でしたし、正直に言って、そんな昔のクルマにどんな価値があるのかと思っていました。私はそのころ発売されたばかりの新型ローバー(SD1)が好きだったので、凡庸なデザインに見えたP6を後生大事にしているKさんの気持ちが、よく理解できませんでした。当時の私は、過ぎ去ってしまった時代の車よりも、最新の技術を盛り込んだ新型車のほうに、ずっと興味をひかれていました。

 それがどうでしょうか。最新技術を追うのが仕事ではありますが、最近は古いクルマを見るとやけに心がときめいてしまう自分に本当に驚きます。先日富士重工業に取材に行ったときには、駐車場に停めてあったスバル360をなめるように眺め回してしまいました。傍目からはかなり怪しげだったと思います。少し前にマツダの横浜研究所でR360クーペが展示してあったときは、取材よりも熱心に見入ってしまいました。

 Kさんのことを思い出したのは、最近Fiatの新型500(チンクエテェント)に試乗する機会があったからです。じつは私にとって500はリアルタイムで経験したクルマではなく、むしろその後継車として登場した126のほうが懐かしい感じが強いのですが、以前のブログで書いたように、イタリアで古い500がまだ現役で走っているのを見て、すっかりファンになったのです。

 なので新型500の試乗はとても楽しみだったのですが、正直に言って新型500は(当たり前ですが)古い500とはまったく別のクルマでした。 Fiatは、モチーフは借りつつも新しい価値を創造しようとしているのに、そこにノスタルジーばかりを求めようとした自分が間違っていたことを思い知らされました。

 残念ながら今の私の周りには(息子たちも含めて)クルマ好きの少年はいませんし、私には広い自宅も、離れもシトロエンもローバーもありません。でも、もしそんな少年がいたら、私もかつてのKさんのように、昔自分が好きだったクルマの話ばかりしてしまいそうです(新型Fiat500の詳細は、3月 28日発売の本誌5月号に掲載します)。


なんて言うかね。
かれこれ10年以上(好み自体は変わってないので広義には30年以上?w)古い車好きな僕から見れば「何を知れた事を・・・」とも思わなくも無いですが、そこはそれ、人それぞれに古い車が好きな理由もあるでしょうから一概には言えないと思います。

しかしね、今の車がどうしても好きになれない(正確にはギリギリ90年代まで)僕にとっては常に思う事がありまして・・・

一つ目は「重い」
軽自動車ですら1トン行っちゃう時代です。重いです。
エンジンを低燃費とかエコとか言う前に新素材の採用とかそっちの開発を優先して軽量化に金をかけるべきです。ボディを軽くしろ、話はそれからだ・・・

二つ目は「電子機器入り過ぎ」
これはね、時計に例えれば「機械式の時計が絶滅した状態」だと言えると思うんですよ。時計好きな方なら絶叫モノの大惨事でしょう。電子機器が色々入ってお利口ちゃんになっていってるのはわかりますが、そうでなくたってちゃんと走ってたのにそちら側の系譜を引き継ぐモノが無いまま全てが電子機器の塊になっていってる。機械式時計だって現代のテクノロジーで更に精度を増し技巧を凝らしたものが新しく生まれていく中で自動車は工芸品的な芸術性も趣味性も無くなって行ってる・・・そりゃ自動車の家電化って言われても仕方ないでしょう。昔の車の様な機械としての美しさや魅力は薄れています。今の自動車業界ってそんな感じに見えます。だからどれも好きになれない。

要するにプリミティブな車を愛する人にとって日々余計なモノが付いていく現代の自動車は走る本質から外れた動くリクライニングシートの様なもんでしかないんじゃないかなと思います(ってか少なくとも僕はそうとしか思ってませんwww)またしても時計に例えて電波時計がどこにいても正確な時間に合わせてくれるのは便利かもしれませんが、自動巻きの機械式時計が止まらないように身に着けない時はオートワインダーを利用したり、そういうのだって立派な楽しみの一つなんです。そうして手をかけ愛することの出来る(それに見合うだけの)機械だからオーバーホールしてでも利用し続けるモノなんです。

つまり

手を掛け愛し続ける(所有し続ける)ことの出来る永続性を感じさせない代物=家電

だと言えるんじゃないでしょうか?

僕が愛するビートだって「キャブだったらいいのに・・・」って不満があったりしますが、そこまでなってくるとメンテナンスなどにかける時間が増えすぎて身内が本気でブーイングしそうなので妥協点かと思ってますwww泣き笑い(ネコ)

もちろん現代の車を「生涯乗り続ける」って愛情を持ってる人もいるかもしれませんが、電子機器が色々入ってるモノのコンディションをウン十年保ち続けるのって「やめた方がいいんじゃない?」って思いますよホントwうっしっし(ネコ)あせあせ(飛び散る汗)

機械に自分の人生を一緒に年を重ねる事の出来る相棒としてのポジションを求めるのであれば機械式時計の様な優れたカラクリを求めるべきです。そしてそんな代物はもはやほぼ確実にクラシックカーでしか手に入らないんですよチュー(ネコ)

※ま、僕的には「そこでバックヤードビルダー製の・・・」とくるわけですがwww泣き笑い


posted by 犬すけ at 22:25 | Comment(13) | TrackBack(0) | Motor | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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